まほらの天秤 第29話


目を覚ましたら、見慣れぬ天井が見えた。
霞む目をこすり、目を凝らしてみるが、やはり見覚えなど無い。
腕を動かしてわかったことだが、身体のいたるところが痛む。
皮膚の大半がヒリヒリとした痛みを訴え、あちこちに鋭い痛みが走った。
特に背中と腹の痛みが酷く、思わず呻き声を上げた。
なぜ身体が痛む?
ここはどこだ?
現状を把握しなければと、痛む身体を叱咤し、身体を起こした。
そして、自分の目を疑った。
この部屋には、自分以外にもう一人。
ベッドの隣に置かれた椅子に座り、不機嫌そうにこちらを見詰め、行儀悪くズズズと音を立てながら飲み物を飲んでいる男がいた。
その男を俺は知っていた。
なぜここに、この男がいる?
こちらが口を開くより早く、男はカップをソーサーに戻し、不機嫌そうな声でこういった。

「ここはシャルルさんの別宅だよ。で、どういうことかな?父をよろしくお願いしますって、僕、言われたんだけど?」

地を這うような低い声で言われた内容に、聞き間違いかと一瞬耳を疑った。
聞くべきことはそれなのか?
もっと他にあるだろう。
思わず心のなかでツッコミを入れたのだが、完全に目が座ったこの男にそれを言っても恐らく無駄だ。
一体この状況は何なのだろう。
質の悪い悪夢だろうか。
不機嫌そうにこちらを睨む男から視線をそらし、俺は再びベッドに身を沈めた。




当て所無く彷徨っていると、ルルーシュがスザクを見つけた場所へ来ていた。
遠くにサイレンの音が聞こえる。
消防が来てあの火事の消火を行っているのだろう。
あの場に残った大量の血痕、その説明をどうするのだろう。
人が殺されたことをどう話すつもりなのだろう。
・・・自分には、もう関係のないことか。
彼をあそこに戻す気など無い。
戻したら最後、この遺体をどうされるかわからないから。
自分だけが知る場所に埋葬し、このまま静かに眠らせよう。
スザクはその腕に抱いていたルルーシュの亡骸を地面に下ろした。
そして、そっとその仮面を外して、その顔を歪めた。

「・・・酷い」

美しかっただろう顔の半分以上が焼け爛れ、左目は完全に潰されている。
あの柔らかそうな唇もその面影を残しておらず、首には火傷以外の傷跡も見て取れた。なにか道具を用いて焼いたとわかる傷跡が顔にも腕にも残っており、こんなあからさまな痕跡、医者であるダールトンが気づかないはずがなかった。
震える手で、その傷跡に触れると、とめどなく涙が溢れてきた。

「酷い、なんでこんなっ・・・ルルーシュ、ごめん、ごめんね」

スザクは縋り付くようにその体を抱きしめると、嗚咽を漏らした。

「あんな嘘の歴史を僕が放置したから、もう君が悪になる必要なんて無かったのに」

偽りの歴史書が世に出た時は、只々おかしくて笑っていた。
ルルーシュの生年月日を考えれば、あり得ないだろうという出来事でさえ、当前のようにルルーシュの罪とされていて、よくもまあ、こんな歴史書を出せたものだと思っていたが、気がつけばその歴史が真実だとされ、本当の歴史は偽りの歴史に負け、消えていった。
それでも、すでに過去の出来事であるし、ルルーシュは全ての悪を背負ったのだから、その罪が新たに増えたところで何かが変わるわけでもない。
何より、ユーフェミアの虐殺皇女の名が消え、慈愛の姫と呼ばれることに喜びを感じていた。そう、彼女はそう呼ばれるべき人物で、虐殺など本来するはずのない人なのだ。その罪もルルーシュが背負うのならと、訂正する必要性も感じず、そのまま放置してしまった。あの時に、ゼロとして何かしらのアクションを起こしていれば、嘘にまみれたこの歴史がまかり通ることなど無かっただろう。
あるいは、悪逆皇帝の名を霞ませることも出来ただろう。
そうすれば、ルルーシュがこうして命を落とすことはなかっただろう。
あるいは荷物を見つけた時点で、強引に彼をここから連れだしていれば。
幽閉されていることを知っていたのだから、もっと注意深く行動していれば。
後悔しかなかった。

「ごめんね、ごめんねルルーシュ。僕のせいだ、僕のっ・・・・」

僕が、また君を殺してしまった。
僕が。
どれぐらいの時間そうして泣いていただろう。
しばらくして、僕は違和感を感じた。

「・・・え?」

小さな違和感。
本当に、小さな。

「・・・温かい・・・?」

彼の胸のあたりが、服の上からわずかに分かる程度の熱を放っていた。
ざわりと、背筋が震えた。
この熱は、まるで。
震える手で、血に濡れた黒いシャツのボタンを外していく。
そして。

「嘘・・・、なん、で・・・」

顔と腕の火傷は目を背けるほど酷いものだったが、体のほうはそこまで酷くはなかった。焼かれたのはその顔を、声を潰すためで、腕はその時抵抗した時のものかもしれない。いや、考えてるべきはそこではない。
その胸には、生まれ変わったルルーシュにはあるはずのない古い傷跡があった。
まるで剣で串刺しにされたような、大きな傷。
これは間違いなく致命傷で。
あの時、彼を刺したあの場所だった。
そして、その上には。

「・・・コード・・・」

自分の額にあるものと同じ文様が熱を帯び、赤く光り輝いていた。
見間違うはずがない、C.C.から受け継いだ、不老不死のコード。
不老不死?ルルーシュが?じゃあこのルルーシュは・・・。
いやまて、不老不死であるならどうして蘇生しない?
コードが発動している以上、蘇生が始まらないとおかしい。
だが、このルルーシュの蘇生は始まらず、体の傷一つ消えることはなかった。
死を迎えれば、あるいは瀕死の重傷を負えば、コードの力で傷は驚異的なスピードで回復するはずなのに。このコードは不老だけで不死ではない?だから蘇生しないのか?いやいや、ならコードが発動しているのはおかしい、発動が始まった以上蘇生は始まるはずだ。
じゃあなんで?

「・・・まって、君、どこ撃たれたの!?」

慌てて傷を確認する、腹部に1発、足に1発。

「違う・・・そうだ、僕の上に倒れた後」

また撃たれていた。
急いでその体をひっくり返し、背中を確認する。
背中、ほぼ同じ場所に2発。
場所が悪い、ここは心臓の位置だ。
脳や心臓に異物が残っても、蘇生が開始してすぐ自然に排出されるが、恐らく蘇生のタイミングが悪く、弾丸周辺の傷が先に塞がってしまい、排出できなくなったのだろう。心臓に残された弾丸が、蘇生と同時に命を奪い続けているのだ。
スザクも以前同じような状態になり、蘇生に何十年もかかったことがあった。

「これは傷を開かなきゃ駄目だな・・・ルルーシュ、ちょっとまっててね」

道具なしじゃ無理だ。
スザクはルルーシュを残し、駆け出した。
消防と警察が慌ただしく動く火災現場。
気配を殺し、その近くにある菜園へ行き、隠していた荷物を持って、再びスザクはルルーシュの元へ戻った。
だが、倒れているはずのルルーシュの姿はなく、代わりに。

「・・・どうして、貴方が此処に?」

あの火事の現場にいるはずのシャルルがそこにいた。

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